2014年5月7日水曜日

石巻・女川復興支援号(4)女川は新しく生まれ変わる

 平成26年5月3日の憲法記念日,私が参加した 「びゅうばす 石巻・女川復興支援号」 のバスは,「おがつ店こ屋街」 を出発した後 ⇒「m-shige's log: 石巻・女川復興支援号(3)おがつ店こ屋街」,14時15分頃 「宮城県女川町」 に到着しました.

 横倒しになった建物が残っている様子などを見て,あまりの被害の大きさに言葉を失いました.この港町では津波による浸水が海抜約20メートルに達したそうです.ビルでは6階ぐらいの高さでしょうか.テレビ中継で写っていた 「町立病院(現地域医療センター)」 は,見上げるような高台にありましたが,この病院の駐車場から津波の様子を見ていた人達を,津波は容赦なく飲み込んでいったそうです.人口1万人のこの町で,800名以上の人が死亡あるいは行方不明となりました.ガイドさんの話を聞きながら周囲を呆然と見ているだけで,結局,写真は一枚も撮ることができませんでした.
 ただ,この女川が他の被災地と違う点があります.それは,新しい町づくりへの動きが目に見えるということです.多数の重機を投入して,市街地緑辺部の山を切り崩し,その土で低地を嵩上げする工事が進められていました.復興まちづくりに関する情報発信と,町民や来町者の交流・懇談の場としてオープンした 「復興まちづくり情報交流館」 で,プロムナードを中心とした新しい女川駅周辺の模型を見て,数年後の女川町をこの目で見てみたいと思いました.今から3年の間に,この女川町を経由して,金華山の 「黄金山神社(こがねやまじんじゃ)」 を参拝したいと思います.

配布された 「女川ガイド」 の表紙に書いてあった(女川の小学生の詩)です.

女川は流されたのではない
新しい女川に生まれ変わるんだ
人々は負けずに待ち続ける
新しい女川に住む喜びを感じるために

女川の町の中では,この詩を涙なしに見ることはできませんでした.まさにこういう気概を,町の人達から感じました.

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